時にはクールに、時には熱っぽく。
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
- / - / -
行き渡らない華やかさ3
 やぁ。。。

今日も、昨日に続いてクリアな夜だ。。。こういう日は、硬質な塊の中に言葉を投げ込むようなぼんやりした努力より、好きな音楽でも聞いていたいような気がする。

。。。

そういえば、断っておかなければならない事がある。このブログの記事では、よく、『またの機会』とか、『次はこれこれについて書く』とか、そんないい加減な事を記事の最後に書き足す形をとろうと思っている。でも、これはそうなる事もあるし、時間差でそうなる事もあるし、そうならない事もあると思っておいてもらいたい。。。
理由は、いくつかある。簡潔に言えば、一つには、全てのテーマを『未完』のままにしておこうと思っているからだ。それが仮に自分の中では、ある程度の完結を見ているとしても。。。
だから、一つの記事で『またの機会』と書いてあっても、それは、ただその時の傾向、気分を描写したものに過ぎないと思っておいてほしい。

。。。
そういうわけで、本題などどうでもよくなるほどに今日も前置きが非常に長くなった。。。
とりあえず、続いてるテーマから言葉を繋いでおきたい。

昨日は、『偏った華やかさ』が『衰退の相』である事に言及した。だから、今日はどうしてそうなったのかについて、触れておこうかと思う。でも、その前に『衰退』自体は、実際にはもうかなり前から起こっていた現象だという事は知っておいてほしい。。。目に見える『衰退』は、要するに非常に末端の出来事にすぎない。それは起こりつつあるし、起こるだろうが、それは前から続いてる大きな流れの一シーンにすぎない。。。
つまり、目に見える衰退の前には、目に見えない衰退、、、というより隠された衰退が既に多く起こっていた。。。
本当は、こういった目に見えない衰退にこそ語るべき、伝えるべき、そして考えるべき時間が費やされなければならない。でも、限られた労力と相談して、あっさりとした言及だけに留める。

ふぅ。。。

さて、『どうしてそうなったか』について、これもできる限りあっさりと表現すると、要するに『古く』なったからだ。まるで肩透かしのような解答かもしれない。でも、あっさり言えば『古く』なったからだ。
もう少し言えば、

『古く』なって機能しなくなったからだ。
社会のシステムが『古く』なって機能しなくなったからだ。
社会のシステムが現在流れ出ようとしている新しいハーモニーを表現するための仕組みに対応していないからだ。。。

。。。
この事については、もう少し深く意味合いで表現したいと思ってはいる。
機会があれば、そうしたい。。

今日は長くなった。
疲れたから、もう終わりにする。。。

では、また明日?


- / comments(26) / trackbacks(0)
行き渡らない華やかさ2
やぁ。。。
 今日は、星空が全開で、クリアな空気を少し感じる、そんな夜だ。
そうは言っても、相変わらずバランスがとれていない、そんな『現実』の中を少し通過してきた。

。。。
以外な事に、少しの観客が、こんな形のブログにもかかわらず訪れている事を発見した。
それで、まぁ、少しの驚きとためらいを感じている。。。
糸の先に釣り針もつけずに釣りをする・・・、そんな気持ちでこのブログは始めたつもりだからだ。。。
それで、少し考えて、こんな事を書き加えてみたい。。。

『居心地がいい間は、どうぞよろしくお願いします。』

自分としては、めずらしく語ろうかと思っている。語ることなら多くあるからだ。でも、何を語るべきか、何を語らずにいるべきか、その境界がよくわからない。もしかしたら、語るべきでないことを語り、それは一人になることを意味するかもしれない。だから、とにかく『 』のフレーズを忘れないように書いておきたい。。。


前置きが長すぎて、本題を忘れそうだ。。。
先日のテーマの続きを少ししておきたい。
『行き渡らない華やかさ』。。。
これが、何を意味するか、何故そうなのか、そして何が起こっているのか。。。
そんな事を表現してみようかと思っていた。
ふぅ。。。
でも、これだけでも、書こうとするとひどく長くなりそうで面倒くさくなる。

それで、とりあえず『行き渡らない華やかさ』が何を意味しているかだけ、ぼんやりと書いておく。これは、ようするに『衰退の相』を意味している。物事が繁栄し、衰え、滅びる。。。そういった大きな循環の中の一つの転機を今、通り抜けている。。。これは、確かに先がある。それについても触れようと思ってはいたんだけど、やっぱり根気が続かない。
また、別の機会にしようと思う。
拙くてすまない。。。
これでも、言葉にする努力はしているつもりだ。。。









- / comments(0) / trackbacks(0)
行き渡らない『華やかさ』
やぁ。。。

 少しドライブして気晴らしをし、ブログに向かう用意をしてきた。クリスマスも近いし、クリスマス特有のあの空気を取り込みたいと思ったからだ。見込み違いだったのか、現在の状態が不景気という噂が本当なのか、とにかく、華やんだそれでいて確かにクリアな、あの空気があまり感じられなかったのが少し残念だ。。。

そういうわけで、今日は、この辺りから『現実』というものへのアプローチを少しばかりしよう。。。

ある時期、ある場所に繁栄という光輝が存在する。
それは少し前にあったもので、今も多少はひどく偏ったあり方で存在するものだ。少し前にあったある種の『華やかさ』は、ここ日本では、ある一定量の状態が確保されていた。その時期は多分、先進と名のつく国では、『華やか』だったに違いない。。。

ふう。。。

そして、『現在』。
この場所、この国、もしくは、おそらくは、『先進』と名のつく国における『華やかさ』は、前にもまして著しく偏っている。この国における全体としての『華やかさ』が幕を下ろした結果、ひどく偏った、行き渡らない『華やかさ』が現在、人々が直面している『現実』なるものだ。

。。。
表現しようとしているテーマは、これではなく、行き渡らない時の情景を淡々と描こうというものだった。。。
それは、音楽だったり、今日目にしたような風景であったり。。。

でも、少し疲れて根気が続かない。。。
この事は、またの機会にしたい。






- / comments(0) / trackbacks(0)
概要
 さて、何かから書こうか。。。
書くことならあるに違いない。

でも、ここは結局は通り沿いで、あの『不自由』のただ中に過ぎない。
だから、『不自由』に付属する備品について書くのが一番いいだろう。。。
周りの見える風景がテーマなら、特別な継ぎ手は必要ないだろうし、何より違和感を解消できると思うからだ。
周りに見えるこの不自由を人は一般に『現実』と呼んでいる。
人がその中を生きることを運命づけられている空間のことだ。。。

『現実』の解釈は、あるポイントから見ると人の数だけ存在する。
でも、ここでいう『現実』は、そういう意味で使用するわけじゃない。
もっと、大きな規模の、時には『真実』と呼ばれるもの近い意味で使用する。

。。。
さて、序文はこれくらいにする。


- / comments(0) / trackbacks(0)
序文
 このスペースを

耐え難い暗い日の灯火として、
幾ばくかの言葉遊びとして、
幾ばくかの自身の整理の補助として、

使用したいと思う。。。





- / comments(0) / trackbacks(0)